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札幌地方裁判所 昭和50年(行ウ)11号 判決 1976年8月25日

原告 原田聡

被告 北海道公安委員会

訴訟代理人 末永進 大井邦夫 ほか四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五〇年六月一一日に原告に対してなした銃砲所持許可取消処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、狩猟、有害鳥獣駆除の用途に供する目的で散弾銃一丁(銃番号A二六七四二号名称フランキー自動装填銃(以下単に銃という))を所持するにつき昭和四三年二月二〇日被告から銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法という)第四条に基づき許可(昭和四三年第一〇二四三〇〇五九号)を受け、以来右銃を所持するにいたつた。そして原告は昭和四八年二月二〇日銃刀法第七条の二の規定により右所持許可の更新を受けた。

2  ところが被告は、昭和五〇年六月一一日原告に対し、銃刀法第一一条第一項により前記の銃砲所持許可の取消処分をなしたが、その理由とするところは、原告が正当な理由がある場合でたいのに、昭和五〇年五月一三日午後一〇時から翌一四日午前五時までの間、右散弾銃一丁を原告所有の乗用自動車後部トランクに入れ、携帯運搬したものであつて、原告の右行為は銃刀法第一〇条第一項(所持態様の制限)の規定に違反するというものである。

3  しかし原告は前記日時にその所有にかかる銃一丁を前記の如く携帯運搬したものではあるが、その経緯は次のとおりである。即ち、

(一) 原告は自動車運転手であるが、冬期間の余暇を利用して狩猟することを唯一の楽しみとし、それだけに日常銃の保管には細心の注意を払つていたものであるが、昭和五〇年五月一三日夜、同人の妻イヨと些細なことから口論をし、このため原告は憂晴しに外出せんとしたが、原告はこの時偶々、妻が常日頃、銃を壊してやると口外していたことを思い出し、銃を自宅に置いたままにして外出すると、妻により銃を壊されたり、危険な行為に出られたりすることをおそれたので、同日午後一〇時ころ銃庫から銃をケースに入れたまま持出した。

(二) そして、原告はこの銃を自己の乗用車(札五五ま一四二〇号)の後部トランクに入れ、気晴しに同車を運転し走行した後、札幌市白石区本通四丁目北洋相互銀行白石支店の駐車場に至り同所で仮眠したうえ、翌五月一四日午前五時ころ帰宅した。

(三) 原告はこの間銃弾は勿論携行しなかつたし、銃も帰宅するまで車のトランクから出したことはなかつた。

そもそも銃刀法第一〇条第一項の法旨は、銃砲等を不法な目的に使用したり、又は他人に恐怖心を与えるような方法で携帯運搬して公安を害したり、他人に迷惑をかけることを禁止するものと解される。前記の原告の行為は、その携帯運搬に正当な理由があつた場合若しくは少なくともこれに準じて違法性が阻却されるか軽減される場合であり、したがつて、本件の所持許可の取消処分は裁量権を著しく超えた違法不当な処分である。

よつて、原告は被告に対し、本件所持許可の取消処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の(一)のうち、原告の妻の日頃の言動については否認、その余の事実は認める。

3  同3の(二)の事実は認める。(三)の事実のうち原告が銃弾を携行しなかつたとの点は不知。その余の事実は認める。

三  原告の主張に対する反論

銃刀法第一〇条第一項は、その立法趣旨から銃砲を不法目的に使用するため携帯、運搬するなど、危害の発生が現実的、具体的な場合に限らず、それぞれの所持許可に係る用途に供する場合等正当な理由がある場合を除いて、みだりに携帯運搬することを禁止し、もつて抽象的危害を有するにとどまる段階での予防措置を講じたものである。そして右携帯、運搬の許容される「正当な理由がある場合」とは、研磨、修理、売買、住居移転、天災地変等の際における搬出など所持に関連して携帯運搬することが社会通念上是認される場合をいうのである。

原告は平素銃の保管につき細心の注意を払つて大切にしていた、というのであるから妻が容易に銃を破壊し又は持出すという虞はなかつたものであり、又妻が常日頃銃を壊す旨口外していた事実はない。

そうしてみると原告はみだりに銃を携帯運搬したものであつて到底正当な理由がある場合には当らないものである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1および2の事実については当事者間に争いがない。

二  原告が昭和五〇年五月一三日夜、同人の妻イヨと口論をし、その憂晴しのため同日午後一〇時ころ自宅の銃庫から銃をビニール製ケースに入れたまま持出し、これを自己の有する乗用車の後部トランクに入れたうえ同車を運転走行し、札幌市白石区本通四丁目北洋相互銀行白石支店の駐車場に至り同所で仮眠し、翌五月一四日午前五時ころ自宅に帰えつたことは当事者間に争いがない。

ところで、我国においては銃砲等の所持により危害や犯罪が発生する蓋然性が高いことから、その予防上、銃刀法第三条において法令に基づき職務のために所持する場合等特定の場合を除き一般に銃砲等の所持を禁止し、同法第四条により狩猟等の用途に供するために所持しようとする者等特定の事由のある者につきその住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けた場合に特に所持が許可されることとされているのである。そして同法第一〇条一項は右許可を受けた者についてその許可に係る用途に供する場合その他正当な理由がある場合を除いて、銃等を携帯、又は運搬してはならない旨規定しているところである。しかして本件における原告の銃の搬出が、狩猟、有害鳥獣駆除の目的でないことは明らかであるので、その許可に係る用途に供する場合に当らないことはいうまでもないところである。そこで右搬出につき正当な理由があつたかにつき判断するに、右にいう正当な理由がある場合とは、修理、売買、住居移転、天災地変等の際における搬出など、所持に関連して携帯、運搬することが社会通念上是認される場合、あるいはやむを得ない場合をいうものと解される。

原告が右の如く銃を携帯運搬したのは銃が妻イヨによつて損傷されたり、目的以外に利用されたり、他に搬出されたりすることを防止するとの動機から出たものであることについては当事者間に争いがない。しかし<証拠省略>によれば、本件の原告の銃刀法違反の事実は、原告が夫婦喧嘩後何も言わずに銃を搬出したまま帰宅しないことを心配した妻イヨの通報によつて警察の認知するところとなり、これに応じ警察も原告の発見のため深夜における警備捜索活動を行つたこと、当日の喧嘩の際には妻イヨは、銃を壊す、と実際に口外したわけではなく、又、過去においても妻イヨが銃を壊そうとする具体的行動に出たことはなかつたこと、したがつて、原告が銃を壊されるのではと感じたのは、単なる憶測にすぎないこと、以上のような事実を認めることができる。これらの事実によれば原告は銃が壊されることをおそれて、自から銃を搬出したものと主張しているが、前示のように妻イヨは当夜銃を壊す旨の言を口外したこともなく、又、そのような具体的行動に出る様子も示していなかつたのであるから、原告が本件銃を自宅から携帯運搬しなければならないような緊急の必要性があつたものとは到底認めることができない。むしろ、夫婦喧嘩の事情など一連の事実の推移を考えてみると、原告において何ら本件銃を携帯運搬することを緊急に必要とする事情は何もないのに、その必要ありと軽信して銃を持出したものと考えるのが相当である。他方妻イヨも原告の行動を憂慮して警察に本件を通報したものであるし、又、警察においても原告の発見のため深夜にもかかわらず警備、捜索活動を開始したものであるから、現実に一般社会を騒がせたものというべきであり、本件の銃の搬出が社会通念容されるものと考えることはできない。しからば銃の携帯、運搬にともなう抽象的危険の防止を目的とする銃刀法の法旨からして、原告の本件搬出行為は銃刀法第一〇条第一項に違反したものといわざるを得ない。

原告は当日右銃携帯、運搬の間銃を前記自動車のトランクの中に入れたままであつて、これを車外に取出さなかつたことは当事者間に争いがなく、又原告本人尋問の結果によれば原告は当日右銃を分解した状態の儘ケースに入れて搬出したものであり、これを組立てたことはなく、又弾丸も所持していなかつたことが認められるけれどもこれらの事実を以てしても右判断を覆えすことはできない。そして、原告本人尋問の結果により認められるところの、原告は昭和四九年度の狩猟免許等を受けていなかつたため、原告所有の銃が不要銃と考えられないでもなかつたこと、又、原告が本件以前にも長期間家を不在とする場合などに許可に係る目的なしに銃を搬出したことがあつたことなどの点も勘案すれば銃刀法第一一条第一項第一号により原告の所持許可を取消すこととした被告公安委員会の本件処分は相当であつて、その裁量権を逸脱したものとは認められない。したがつて、本件処分につき裁量権を超えた違法不当な処分という原告の主張は理由がない。

よつて、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 畔柳正義 平澤雄二)

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